リーダーズ・ブレンド 事例集

ジュニアエンジニアの技術力と自走力を育むメンタリング:技術指導と信頼関係構築を両立するリーダーシップ事例

Tags: ジュニア育成, メンタリング, リーダーシップ事例, 技術指導, チームビルディング

ジュニアエンジニア育成に求められる、技術と人間性のブレンド

ITエンジニアリング組織において、ジュニアエンジニアの育成はチームの持続的な成長に不可欠な要素です。新たな技術を取り込み、将来のチームを牽引する存在を育てることは、Tech LeadやSenior Engineerにとって重要なリーダーシップの発揮機会となります。しかし、育成は単に技術的な知識やスキルを教えるだけでは十分ではありません。彼らが自信を持ち、主体的に課題に取り組み、自ら学び成長していく「自走力」を育むことも同様に重要です。

本記事では、あるエンジニアリングチームでTech Leadが実践した、ジュニアエンジニアの技術力向上と自走力育成を両立するメンタリング事例をご紹介します。技術的な指導に加えて、人間的な側面からのサポートがいかに効果をもたらしたのかを見ていきます。

事例の背景:成長の停滞とTech Leadの悩み

この事例の舞台は、比較的新しい技術スタックで開発を行うスタートアップのエンジニアリングチームです。チームには経験豊富なSenior Engineer数名に加え、入社2年目のジュニアエンジニアが2名所属していました。

当初、ジュニアエンジニアには簡単なタスクがアサインされ、コードレビューを通じて技術的なフィードバックが行われていました。しかし、彼らは新しい技術や複雑なシステムの挙動に戸惑うことが多く、タスクの完了に時間がかかり、質問も受動的でした。Tech Leadは技術的なアドバイスには対応していましたが、彼らの根本的な理解が進んでいない、あるいは自分で解決策を見つけようとしない姿勢に課題を感じていました。チーム全体の生産性向上と、将来的に彼らがより重要な役割を担えるようになるためには、技術力だけでなく、自律的に学習し、問題を解決する力を育む必要がありました。しかし、Tech Lead自身も他の技術的な課題やチームマネジメントに追われており、どのように効果的な育成を行えば良いか悩んでいました。

リーダーのアプローチ:技術指導の深化と信頼関係の構築

この状況に対し、Tech Leadは以下の二つの側面からアプローチを開始しました。

  1. 技術指導の深化と質的変化:

    • コードレビューの改善: 一方的な指摘ではなく、「なぜこの実装にしたのか?」「他の方法は考えたか?」など、思考プロセスを問う質問を増やすようにしました。また、代替案を示す際も、そのメリット・デメリットや技術的な背景を丁寧に説明し、彼らが選択肢を理解できるようにしました。
    • ペアプログラミングの活用: 週に一度、決まった時間を設けてペアプログラミングを実施しました。これにより、コードを書く上での思考プロセスや、デバッグの手法、設計の意図などを直接的に伝える機会を増やしました。また、ジュニアエンジニアに主体的にコードを書いてもらい、Tech Leadはファシリテーションや適時のヒント提供に徹するなど、役割を柔軟に変えました。
    • 段階的なタスクアサイン: 少し背伸びが必要だが、適切なサポートがあれば達成可能なレベルのタスクを意図的にアサインしました。成功体験を積み重ねることで、彼らの自信を育むことを目指しました。
  2. 人間的な信頼関係と自走支援:

    • 定期的な1on1の実施: 隔週で30分、技術的な話題だけでなく、仕事に対する悩み、キャリアの展望、プライベートな話なども気軽にできる1on1の時間を設けました。これにより、彼らが抱える心理的なハードルや、技術的な質問以外の困りごとを早期に把握できるようになりました。
    • 心理的安全性の醸成: 失敗を責めるのではなく、「なぜそうなったのか?」「次にどう活かせるか?」をチーム全体で考える文化を意識的に作りました。ジュニアエンジニアが安心して質問したり、自分の意見を述べたりできる雰囲気作りを心がけました。
    • 目標設定と期待値の共有: 育成期間中に達成してほしい技術レベルや、期待する行動(例: 詰まったら30分自分で調べてから質問する、など)を具体的に伝え、共通認識を持ちました。彼らが自身の成長を意識できるように促しました。

このアプローチでは、技術的な「何を学ぶべきか」を伝えるだけでなく、どうすれば「自ら学ぶようになるか」という人間的な側面に重点が置かれました。技術的なサポートは「答えを与える」のではなく「考え方を教える」方向にシフトし、同時に彼らが安心して挑戦し、失敗から学べる環境を整えることに注力しました。

結果と評価:技術力と自走力の向上、そしてチームの変化

このTech Leadのアプローチは、数ヶ月かけて徐々に変化をもたらしました。

まず、ジュニアエンジニアからの質問の質が変わりました。「どうすればいいですか?」という問いかけから、「〜を試しましたがうまくいきませんでした。〇〇が原因でしょうか?」のように、自分で考え、調査した上で質問する姿勢が見られるようになりました。

コードレビューでは、指摘事項が減り、より技術的な深い議論ができるようになりました。ペアプログラミングを通じて、彼らは複雑な問題に対する分解の仕方や、設計のトレードオフについて実践的に学びました。

最も顕著な変化は、彼らの自走力の向上です。新しい技術課題に対しても、まずは自分でドキュメントを調べたり、関連コードを読んだりするようになり、Tech Leadや他のメンバーへの依存度が減りました。簡単な機能であれば、要件を伝えただけで設計から実装、テストまでを自律的に進められるようになりました。

結果として、彼らはより複雑で影響範囲の広いタスクにも自信を持って取り組めるようになり、チーム全体の開発スピードと品質の向上に貢献しました。Tech Leadはジュニアエンジニアの育成に時間をかけたことで、短期的なコード記述時間は減少しましたが、結果としてチーム全体の生産性が向上し、より戦略的な技術的意思決定に時間を割けるようになりました。

この事例は、技術的な指導と並行して、個人の心理的な成長を支援し、信頼関係を築くことの重要性を示しています。単に技術スキルを移転するだけでなく、彼らが自律的に学び、成長し続けるための基盤を作ることに成功した好例と言えます。

事例から学べること:Tech Lead/Senior Engineerが実践できること

この事例から、私たちTech LeadやSenior Engineerが自身のリーダーシップに活かせる具体的な示唆が得られます。

  1. 技術指導の「質」にこだわる: コードレビューやペアプログラミングの時間を単なる修正指示やコーディング練習に留めず、思考プロセスや技術的な背景を伝える対話の場とする意識を持つことが重要です。
  2. 信頼関係構築のための「時間」を確保する: 定期的な1on1は、技術的な課題だけでなく、個人の成長の悩みやキャリアについて話す貴重な機会となります。これにより、彼らが抱える潜在的な問題を把握し、適切なサポートを行うことが可能になります。
  3. 心理的安全性を意識的に育む: チーム内で失敗を恐れずに挑戦できる、安心して質問できる雰囲気は、特に経験の浅いメンバーの成長を強く後押しします。Tech Lead自身が、非難しない姿勢を示すことが出発点となります。
  4. 「自走」を促すアプローチ: 答えをすぐに与えるのではなく、ヒントを与えたり、調べ方を教えたりすることで、彼らが自分で解決策を見つける経験を積ませます。成功体験の積み重ねが自走力に繋がります。
  5. 期待値と目標の共有: 何を期待されているのか、どこを目指すのかが明確であれば、メンバーは自身の成長の方向性を理解しやすくなります。

ジュニアエンジニアの育成は、技術的な知識の伝達だけでなく、彼らの内面的な成長、すなわち自律性、自信、意欲といった人間的な側面に深く関わるリーダーシップ活動です。技術的な指導と人間的なサポートをバランス良く組み合わせることで、チームの未来を担う人材を効果的に育成することが可能になります。

結論:技術と人間性のブレンドで、チームを次のレベルへ

ITエンジニアリング組織におけるリーダーシップは、高度な技術的知見と、メンバーの成長を促し、チームの協調性を育む人間的な側面の両輪で成り立ちます。特にジュニアエンジニアの育成においては、この「技術」と「人間性」のブレンドが成功の鍵となります。

本事例で示されたように、Tech LeadやSenior Engineerが、単なる技術的な課題解決者としてだけでなく、チームメンバー一人ひとりの成長を支援するメンターとしての役割を意識し、技術的な指導と人間的なサポートを組み合わせることで、チーム全体の技術力向上と自律性の向上を実現できます。これは、個人貢献者からリーダーへと移行する多くのエンジニアにとって、実践可能で、かつ大きな成果をもたらすリーダーシップのアプローチと言えるでしょう。技術と人間性を高次元で両立するリーダーシップは、チームを次のレベルへと導く原動力となります。