停滞するチームメンバーの技術力と意欲を引き出す:課題特定と人間的サポートを両立するリーダーシップ事例
はじめに
ITエンジニアリング組織において、特定のチームメンバーが開発ペースの停滞や成果物の品質低下といったパフォーマンス課題を抱える状況は起こり得ます。こうした状況への対応は、チーム全体の士気や生産性に影響を与えるため、Tech Leadやリーダーにとって重要な課題の一つです。単に技術的な指摘に留まらず、メンバーの技術力向上と同時に、意欲や自信といった人間的な側面にも配慮したアプローチが求められます。
本記事では、あるITエンジニアリングチームで実際に直面した、パフォーマンス課題を抱えるメンバーへの対応事例を紹介します。この事例から、技術的な課題の特定と、人間的なサポートをいかに両立し、メンバーの成長とチーム全体の改善に繋げたのかを考察します。
事例の背景:チームのボトルネックとなったメンバー
あるWebサービス開発チームで、経験3年目のメンバーAが、最近担当するタスクの完了に時間がかかり、コードレビューでの指摘も増える傾向が見られました。チーム全体の開発速度がAのタスクに依存する形になり、他のメンバーからは間接的に懸念の声が上がっていました。チームリーダー(この事例の主人公、以降リーダーと呼びます)は、Senior Software Engineerとしての技術力と、Tech Leadとしてチームを牽引する役割を担っていました。
リーダーはAの状況を注視し、技術的なスキル不足なのか、モチベーションの問題なのか、あるいは別の要因があるのかを正確に把握する必要性を感じていました。しかし、直接的な技術指導だけで解決する問題ではないかもしれないという懸念も同時に持っていました。
リーダーのアプローチ:技術的分析と人間的サポートの組み合わせ
リーダーは、Aのパフォーマンス課題に対して、以下の二つの側面からアプローチすることを計画しました。
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技術的な課題の客観的な特定: リーダーはまず、Aが過去に担当したタスク、作成したコード、コードレビューの履歴、およびチームの開発メトリクス(例: プルリクエストのマージ頻度、レビュー指摘数、タスク完了時間)を分析しました。この分析により、特定の技術領域に関する知識不足、設計パターンへの理解不足、あるいはデバッグやテストスキルに関する課題が浮かび上がってきました。また、タスクの粒度が適切でないためにボトルネックになっている可能性も示唆されました。
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人間的な側面からのアプローチと対話: 技術的な分析を進める一方で、リーダーはAとの1on1ミーティングを定期的に設定しました。このミーティングでは、一方的に課題を指摘するのではなく、A自身の現状に対する認識、仕事への意欲、将来的なキャリアの方向性、そして直面している可能性のある個人的な困難について丁寧に耳を傾けました。
リーダーは、Aが安心して話せるように心理的な安全性に配慮し、「チームとしてAをサポートしたい」「一緒に解決策を考えたい」という姿勢を伝えました。Aは初めは戸惑いを見せていましたが、リーダーの傾聴と共感的な態度に触れるうちに、タスクの進捗に対するプレッシャーや、新しい技術へのキャッチアップの遅れ、そしてそれが原因で自信を失っている状況を打ち明けてくれました。
技術的支援と個別最適化された改善計画の実行
技術的な分析とAとの対話を通じて、リーダーはAのパフォーマンス課題が、特定の技術スキル不足とそれに起因する自信喪失、そしてタスクへの取り組み方にあると判断しました。そこで、リーダーは以下の具体的な改善計画をAと共に策定し、実行に移しました。
- 特定の技術領域に関するメンタリング: 分析で特定された技術課題について、リーダーがAのメンターとなり、週に一度のメンタリングセッションを実施。コードリーディングを一緒に行ったり、特定の設計パターンに関する理解を深めるための議論を行いました。
- ペアプログラミングの推奨: チーム内で積極的にペアプログラミングを取り入れることを推奨し、特に難易度の高いタスクや、Aが苦手意識を持つ技術領域のタスクでは、経験豊富なメンバーとペアを組む機会を設けました。これは技術的な学びだけでなく、他のメンバーとのコミュニケーション促進にも繋がりました。
- 学習リソースの提供と時間確保: 必要な技術書やオンライン学習プラットフォームの利用を推奨し、業務時間の一部を学習に充てることを認めました。
- タスクアサインの調整: Aの現在のスキルレベルと成長目標に合わせて、タスクの難易度や粒度を調整し、小さな成功体験を積み重ねられるように配慮しました。
- 継続的なフィードバックと承認: 定期的な1on1で進捗を確認し、小さな改善や努力に対しても具体的なフィードバックとポジティブな承認を与えました。技術的な課題だけでなく、Aが抱える心理的な負担にも寄り添い、安心して成長に取り組める環境を提供しました。
結果とそこから得られた学び
このアプローチの結果、数ヶ月を経てAのパフォーマンスは目に見えて向上しました。技術的なスキルが着実に身につき、タスクの完了速度やコード品質が改善しました。それに伴い、A自身の自信も回復し、チーム内での発言や貢献意欲も高まりました。チーム全体の開発速度も改善され、良い循環が生まれました。
この事例から学べることは多岐にわたります。
まず、パフォーマンス課題は単なる技術スキルの問題ではなく、自信やモチベーション、チーム内の関係性など、人間的な側面が深く関わっていることが多いという点です。リーダーは技術的な知見をもって課題を客観的に分析する力が必要ですが、それと同時に、メンバーとの信頼関係を築き、心理的な安全性を提供し、対話を通じて共に解決策を見出す人間的なアプローチが不可欠です。
次に、一方的な「指導」ではなく、メンバーの状況に合わせて個別最適化された「サポート」と「エンパワメント」が重要であるという点です。メンタリング、ペアプログラミング、適切なタスクアサイン、学習支援などは、メンバーが主体的に成長に取り組むための具体的な手段となります。
最後に、継続的なコミュニケーションとポジティブなフィードバックの力です。成長の過程で壁にぶつかることはありますが、リーダーからの継続的なサポートと努力への承認は、メンバーの意欲を維持し、挑戦を続けるための大きな支えとなります。
結論
ITエンジニアリング組織において、チームメンバーのパフォーマンス課題に対応することは、Tech Leadやリーダーの重要な役割です。この事例が示すように、技術的な深い理解に基づいた課題分析と、メンバーの心情や状況に寄り添う人間的なサポートを組み合わせることで、メンバーの技術力と意欲を同時に引き出し、チーム全体の成長に繋げることが可能です。
技術的な厳密さと人間的な配慮を両立するリーダーシップこそが、「リーダーズ・ブレンド」が目指す理想の姿であり、変化の速いITエンジニアリングの世界で持続的に高い成果を出すチームを築く鍵となるでしょう。