多様なエンジニアの潜在能力を引き出す:技術力向上と個人のキャリア支援を組み合わせたリーダーシップ事例
多様なエンジニアの潜在能力を引き出す:技術力向上と個人のキャリア支援を組み合わせたリーダーシップ事例
ITエンジニアリング組織において、メンバーの技術スキルや経験は多様です。Tech Leadやチームリーダーは、この多様性を活かしつつ、チーム全体の技術力を向上させ、個々のエンジニアの成長を支援するという、技術と人間性の両立を求められます。特に、個人貢献者からリーダーへと移行する段階では、チームメンバー一人ひとりと向き合い、その潜在能力を引き出すアプローチが重要となります。
本記事では、あるITエンジニアリングチームで、メンバーの多様性という状況に対し、技術的な支援と個人のキャリア支援を組み合わせることでチーム全体の能力とモチベーションを高めたリーダーシップ事例を紹介します。
事例の背景:多様なスキルレベルと成長への課題
あるWebサービス開発チームは、経験豊富なベテランから、特定の技術分野に秀でたスペシャリスト、キャリアが浅い若手エンジニアまで、様々なバックグラウンドを持つメンバーで構成されていました。チームの技術スタックは広範にわたり、特定の領域の知識が一部のメンバーに偏る傾向が見られました。
このような状況下で、チームリーダーである佐藤氏は、いくつかの課題を認識していました。
- 技術スキルのばらつき: 特定機能の開発や問題解決が、特定のスキルを持つメンバーに集中しがちでした。これにより、一部のメンバーは過負荷になり、他のメンバーは特定の技術領域で成長機会を得にくい状況がありました。
- メンバーのモチベーション格差: 自身のキャリアパスや技術的な興味と、アサインされる業務との間にギャップを感じているメンバーが見受けられました。これにより、一部のメンバーのモチベーションが低下している可能性がありました。
- チーム全体の成長停滞: 個々の技術力は高いメンバーもいましたが、チームとして新しい技術を取り入れたり、より高度なシステム設計に挑戦したりする機運が生まれにくい状況でした。
佐藤氏は、これらの課題を技術的な側面だけでなく、メンバー一人ひとりのキャリアや意欲といった人間的な側面から捉え、リーダーシップを発揮する必要があると判断しました。
リーダーのアプローチ:個別支援とチーム全体の底上げ
佐藤氏は、これらの課題に対して、以下の複合的なアプローチを取りました。
1. 個別面談を通じた現状把握と目標設定
まず、佐藤氏はチームメンバー全員と一対一の個別面談を実施しました。この面談では、単に業務の進捗を確認するだけでなく、彼らの現在の技術スキル、興味のある技術分野、将来的なキャリア目標(例: 特定技術のスペシャリストになりたい、マネジメントに関心がある、フルスタックエンジニアを目指したいなど)、業務に対する満足度や課題感を丁寧にヒアリングしました。
この対話を通じて、各メンバーが現在どのような技術課題に直面しているのか、どのような成長を望んでいるのか、そしてチームの中でどのような役割を担いたいと考えているのかを深く理解することに努めました。形式的な目標設定だけでなく、非公式な会話の中からも彼らの本音や潜在的な関心を引き出すよう心がけました。
2. 個別成長計画と業務アサインメントの調整
面談で把握した内容に基づき、佐藤氏は各メンバーの個別成長計画を共に策定しました。例えば、特定の技術領域に不慣れなメンバーには、その領域の学習ロードマップを提案し、関連するタスクにペアプログラミングや手厚いコードレビューを取り入れることを約束しました。また、新しい技術に挑戦したい意欲を持つメンバーには、小さなPoCやチーム内勉強会の講師役などを提案し、そのための時間を確保するよう配慮しました。
さらに、個々のキャリア目標とチームのニーズを照らし合わせ、可能な範囲で業務アサインメントを調整しました。これは簡単なことではありませんでしたが、メンバーの興味や成長意欲に合致するタスクを意図的に割り振ることで、業務そのものが学習機会やモチベーション向上につながるように工夫しました。例えば、将来的にアーキテクチャに関心のあるメンバーには、設計レビューへの参加を促したり、関連資料の調査を依頼したりしました。
3. 技術的支援と心理的安全性の両立
技術的な支援は、単なる正解を与えるのではなく、メンバー自身が考え、解決策を見つけ出すプロセスを重視しました。コードレビューでは、改善点を具体的に示すとともに、その背景にある設計思想やベストプラクティスについて対話する時間を設けました。また、困難な技術課題に直面したメンバーに対しては、一方的に指示するのではなく、「もし私ならどう考えるか」といった形で思考プロセスを共有したり、共に調査したりすることで、問題解決のアプローチを学ぶ機会を提供しました。
同時に、質問しやすい、失敗を恐れずに新しいことに挑戦できる心理的安全性の高いチーム文化の醸成に努めました。技術的な質問を歓迎し、「こんな初歩的なことを聞いても良いか」といった懸念を払拭するために、佐藤氏自身も積極的に質問をしたり、過去の失敗談を共有したりしました。
4. チーム内での知識共有と相互学習の促進
個々の成長をチーム全体の底上げにつなげるため、チーム内での知識共有の機会を意図的に増やしました。週次の定例ミーティングの一部を使い、メンバーが最近学んだ技術や解決した課題について短い発表を行うライトニングトーク(LT)の時間を設けました。また、特定の技術テーマについて、関心のあるメンバーが集まって深く議論する勉強会を企画しました。これにより、チーム全体の技術的な視野が広がり、メンバー間の相互理解も深まりました。
結果と評価:高まったチームの潜在能力
佐藤氏のこれらのアプローチにより、チームには以下のような変化が現れました。
- 技術スキルの底上げと分散: 特定の技術領域の知識が一部のメンバーだけでなく、他のメンバーにも共有・習得されるようになりました。これにより、タスクの属人化が減少し、チーム全体の開発効率とレジリエンスが向上しました。
- メンバーのモチベーション向上: 自身の成長目標やキャリア志向が考慮された業務アサインや支援を受けることで、メンバーは業務へのオーナーシップとモチベーションを高めました。新しい技術に積極的に挑戦したり、チームへの貢献意欲が増したりするメンバーが増加しました。
- 自律性とコラボレーションの促進: 個別支援を通じてメンバーの技術的な自信が高まり、自身で課題を発見し、解決策を提案する自律的な行動が増えました。また、知識共有の機会が増えたことで、メンバー間のコミュニケーションが活性化し、より効果的なペアプログラミングや協力体制が生まれました。
- プロダクトへの好影響: チーム全体の技術力と開発プロセスの改善により、開発速度が向上し、コード品質も安定しました。これにより、より迅速かつ高品質にユーザー価値を提供できるようになりました。
もちろん、全てのメンバーが計画通りにスムーズに成長したわけではありません。中には、当初想定した成長パスと異なる関心を示すメンバーもいましたし、業務負荷とのバランス調整に苦労した場面もありました。しかし、佐藤氏は諦めることなく、継続的な対話を通じて計画を柔軟に見直し、メンバーの状況に合わせたきめ細やかな支援を続けました。
事例から学べること:Tech Leadが実践する「個別」と「全体」のバランス
この事例から、特にSenior SEやTech Leadといった技術リーダーが学べることは多岐にわたります。
- 「人」への深い理解: チームの潜在能力を引き出す第一歩は、メンバー一人ひとりの技術スキル、経験、そして何よりも「どのようなエンジニアになりたいか」というキャリア志向や個人的な関心を深く理解することです。形式的な評価だけでなく、継続的な対話が不可欠です。
- 技術とキャリアの両面からの支援: 技術的な課題解決能力の向上だけでなく、メンバーのキャリアパスを見据えた支援が、彼らの長期的なモチベーションと貢献意欲を高めます。業務アサインメント、学習機会の提供、メンタリングなどを組み合わせることで、相乗効果が生まれます。
- チーム全体の学びの文化醸成: 個別の成長支援と並行して、チーム全体で知識を共有し、互いに学び合う文化を育むことが、チーム全体の技術力と心理的安全性を高める上で重要です。勉強会やコードレビューを通じた建設的なフィードバックなどが有効です。
- 柔軟性と継続性: 人の成長は直線的ではありません。リーダーは、計画通りに進まない場合でも、柔軟にアプローチを見直し、諦めずに継続的にメンバーと関わっていく姿勢が求められます。
結論:技術と人間性の融合が、多様なチームの力となる
多様なバックグラウンドを持つエンジニアが集まるチームでは、一律的なアプローチではその潜在能力を最大限に引き出すことは困難です。本事例が示すように、技術的な専門知識に基づいた的確な支援に加え、メンバー一人ひとりの個性やキャリアに対する深い配慮を組み合わせることで、チーム全体の技術力を底上げし、個々の貢献意欲を高めることが可能になります。
技術リーダーシップとは、単に技術的な意思決定を行うことだけではありません。それは、チームメンバーという「人」と向き合い、彼らの技術的な成長と人間的な充足の両方を支援することで、チームそして組織全体の可能性を最大限に引き出すプロセスです。「技術と人間性の両立」こそが、多様なエンジニアリングチームにおいて持続的な成長を実現するための鍵となるのです。